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SEALDs運動の事実上のオーナーは、当時、明治学院大の非常勤講師であった(しばき隊)●●●●氏だったと断定してよいだろう。奥田愛基はいわばお飾りの存在で、神輿的存在だった。 「SEALDsの奥田愛基はお飾りの存在」ブログ左派論客「世に棲む日々」さんの考察です。しばき隊の「NOS氏」の正体はNHK職員と暴露して有名になったのでご存じの方も多いと思います。、意見は正反対ですがとても参考になるので私は10年位前よりブログは拝見してました。しばき隊の成立、隊内序列関係、役割分担など興味深い話ですので紹介します。URLは本文に張り付けして置きます。

2018/06/11 03:11:53 | 国内 政治 経済 | コメント:0件










キャプチャ
しばき隊についての若干の考察 - 右翼が宣伝利用する悪性素材

しばき隊が、2012年の反原連運動から始まるという認識は、しばき隊を観察している者にとっては常識の範疇だろう。その首都圏反原連の運動には4人の有力なリーダーがいた。No.1の野間易通、No.2の菅野完、No.3の竹内真、No.4の木下ちがや。この4人の間にはやはり序列があったし、指導性と影響力の点からこの順番を並び替えることはできない。イデオロギー的には、菅野完が右翼を代表し、竹内真と木下ちがやが左翼を代表し、野間易通が中間でやじろべえの位置関係だった。ツイッターで最も多いフォロワー数を誇っていたのは菅野完で、次いで竹内真であり、野間易通と木下ちがやは少なかった。私は反原連関連のツイートをつぶさに追跡していたし、官邸前歩道の最前部にいつも出かけていたから、デモの準備から終了までの彼らの行動を目撃して記憶している。革マル派(全学連)を排除するのは、野間易通と木下ちがやの仕事だった。そのうち、菅野完がカネと女性の問題で追放され、順送りで竹内真と木下ちがやがNo.2、No.3に昇格し、同時にしばき隊は左翼の性格と立場を明確にする。さらに、竹内真が不運な身バレで消え、No.2は象徴的ポストとなった。

2015年に入って、SEALDs運動が立ち上がり、木下ちがやが一気に前面に出る。SEALDs運動を成功させた木下ちがやは、押しも押されぬしばき隊の二大巨頭の一人となり、しばき隊(3・11以後の社会運動)の表の活動と論壇を仕切るイデオローグの代表格的存在となった。フォロワー数も現在25.500で、しばき隊幹部の中で圧倒的な地位にある。SEALDs運動の事実上のオーナーは、当時、明治学院大の非常勤講師であった木下ちがやだったと断定してよいだろう。奥田愛基はいわばお飾りの存在で、首都圏反原連のRedwolfのような神輿的存在だった。木下ちがやがカリスマを拡大させたあと、しばき隊運動全体の性格が変容し、CRACが核心のエンジンではなくなって行き、より永田町(と代々木)の政党政治と接近、一般の左翼市民運動とコンバージェンスする傾向を強くする。紙幅がなくなったため続きは次に持ち越したいが、上に述べたように、右翼が意識的にしばき隊をプロパガンダの材料にし、世論工作が成果を上げ、国内の右傾化を強める一因になっているのであれば、やはり、暴力集団であるしばき隊を無力化するか、その暴力体質を根底から改めさせる必要があるだろう。

元ネタ「世に棲む日々ブログ」全文続きはhttps://critic20.exblog.jp/29543162/  
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